観察トレーニングやVisual Thinking Strategies(VTS)とは?絵を見る力・描く力を育てる方法

観察トレーニングやVisual Thinking Strategies(VTS:視覚的思考戦略)とは何かを、絵画制作・鑑賞・教育の視点からわかりやすく解説。見る力、考える力、言葉にする力がどのように育つのか、実践方法も紹介します。

はじめに

絵を描く人にとって、「観察する力」は技術以前の土台です。
形を正確に捉えること、色の違いに気づくこと、光や空気感の変化を見分けること、そして目の前にあるものから意味や関係を読み取ること。こうした力は、すべて観察から始まります。

一方で、ただ「よく見ましょう」と言われても、何をどう見ればよいのか分からないことがあります。
そこで注目されているのが、観察を訓練として扱う方法と、Visual Thinking Strategies(VTS)という対話型の見方です。

VTSは、作品を見ながら
「何が起きていると思いますか?」
「そう思うのは、どこを見てそう感じましたか?」
「ほかに何が見つかりますか?」
という問いを通して、見る・考える・根拠を示す・他者の見方を受け取る、という一連の学びを促す方法として紹介されています。VTSの公式説明でも、近くからよく見て、根拠を伴って考え、対話の中で理解を深める実践であることが示されています。

この記事では、観察トレーニングとVTSの意味、なぜ絵画制作に役立つのか、そして日常の創作にどう取り入れればよいのかを、順を追って解説していきます。

観察トレーニングとは何か

観察トレーニングとは、単に対象を眺めることではありません。
見えている情報を丁寧に拾い、比較し、言語化し、判断の根拠を持つ練習です。

たとえば、花を描く場合でも、ただ「花がある」と見るのではなく、

  • 花びらの枚数や重なり方
  • 明るい面と暗い面の境目
  • 茎の曲がり方
  • 背景との色の差
  • 花全体が与える印象

まで見ていくことで、観察は一気に深くなります。

このとき大切なのは、「知っている形」に当てはめてしまわないことです。
人はしばしば、実際に見えているものではなく、「こういうものだろう」という先入観で物を見てしまいます。観察トレーニングは、その癖を減らし、目の前の事実に立ち返るための練習とも言えます。

VTSでも、発言に対して「そう言える根拠はどこにありますか」と問う流れが重視されます。これは、印象だけで終わらず、見たものに基づいて考える姿勢を養うためです。

Visal Thinking Strategies(VTS)とは何か

Visual Thinking Strategies(VTS)は、教育研究者アビゲイル・ハウゼンと美術館教育者フィリップ・イェナワインの研究・実践を背景に発展してきた方法です。VTSの公式サイトでは、ハウゼンとイェナワインが創設者として示されており、また、1970〜80年代の研究から、視覚的理解は生まれつき固定されたものではなく、繰り返しのガイド付き実践によって育つと説明されています。

VTSの特徴は、知識を一方的に教えるのではなく、対話を通して見方を育てるところにあります。
基本となる問いは、次の3つです。

  1. 何が起きていると思いますか
  2. そう思うのは、どこを見てそう言えますか
  3. ほかに何が見つかりますか

この流れには意味があります。

1. まず全体を見る

最初の問いで、見る人は自分なりの解釈を始めます。
ここでは正解を当てることよりも、「まず自分で見る」ことが重要です。

2. 次に根拠を探す

二つ目の問いで、発言が感想だけで終わらず、画面内の証拠に結びつきます。
これにより、観察は曖昧な印象から、具体的な視覚情報へと変わります。

3. 最後に見落としを減らす

三つ目の問いで、最初には気づかなかった要素に目が向きます。
一度で見切ったつもりでも、対話を重ねることで新しい発見が生まれます。

この構造は、絵画制作にも非常に相性がよいです。
なぜなら、描く前に「よく見る」、描いている途中で「本当にそう見えているかを確かめる」、完成前に「まだ見落としていることはないか」と点検する流れそのものだからです。

なぜ観察トレーニングが絵画制作に役立つのか

1. 形の思い込みを減らせるから

初心者が絵で苦労しやすい原因の一つは、対象を「記号」として描いてしまうことです。
たとえば、目はアーモンド形、花は五枚花弁、山は三角形、雲はふわふわ、というように、実物ではなく頭の中の記号を描いてしまいます。

観察トレーニングをすると、
「右側の花びらだけ少し折れている」
「影の中にも紫や青がある」
「富士山の輪郭は完全な一直線ではない」
といった、記号では拾えない差異に気づけるようになります。

つまり、観察力が高まるほど、絵は“知っている形”ではなく“実際に見えた形”に近づいていきます。

2. 色の深さが増すから

色は名前だけでは扱えません。
赤、青、緑という言葉では、実際の微妙な差を十分に表せないからです。

観察トレーニングでは、

  • どこが一番明るいか
  • どこがくすんでいるか
  • 隣り合う色でどう見え方が変わるか
  • 光源によって色味がどう変わるか

といったことに注意が向きます。
これにより、色を単色として塗るのではなく、関係の中で捉える感覚が育ちます。

3. 構図を見る力が育つから

観察は対象物だけを見ることではありません。
画面全体のバランス、余白、重心、視線の流れを見ることも観察です。

VTS的な見方では、一つのモチーフだけでなく、画面全体の関係に注意が向きやすくなります。
どこが主役に見えるか、なぜそう感じるか、どの線が視線を導いているかを考えることで、構図理解も深まります。

4. 他者と作品を共有しやすくなるから

VTSは対話型です。
そのため、自分の見方を説明する力と、他人の見方を受け取る力が鍛えられます。VTSや関連する思考ルーティンは、観察だけでなく、根拠ある解釈、対話、思考の可視化を支えるものとして説明されています。

作家にとってこれは大きな意味があります。
なぜなら、作品販売や展示では、「ただ描く」だけでなく、「その作品の見どころを伝える」ことも重要だからです。

観察力が高い人は、自作についても
「なぜこの色を強くしたのか」
「なぜこの余白を残したのか」
「なぜこのモチーフ配置にしたのか」
を説明しやすくなります。
これは、作品紹介文や展示キャプション、販売ページの文章にもつながっていきます。

VTSは美術教育だけのものではない

VTSやアートを使った観察教育は、美術館や学校だけでなく、医療教育でも使われています。イェール英国美術センターでは、医療従事者や学生向けに、作品を用いて観察力とコミュニケーション力を高めるプログラムを実施していると案内しています。

また、2023年のシステマティックレビューでは、医療教育におけるVTSについて、観察、診断推論、コミュニケーション、共感など複数の教育成果との関係が検討されています。ただし、研究の質や方法にはばらつきがあり、今後さらに精密な研究が必要であるとも指摘されています。つまり、VTSには有望な報告がある一方で、すべての効果が完全に確立されたとまでは言い切れません。

さらに、医学教育分野では、アート観察訓練によって観察の正確さが向上したとする研究や、正式な観察訓練が身体所見の観察能力向上に結びついたとする報告もあります。

ここから言えるのは、
観察を鍛える練習は、美術だけに閉じた特殊なものではなく、人が情報を丁寧に読み取る力そのものに関わっているということです。

絵を描く人におすすめの観察トレーニング実践法

ここからは、作家や絵画愛好家が日常で取り入れやすい方法を紹介します。

1. 1枚の絵を5分、言葉だけで観察する

好きな作品や自分の作品を1枚選び、まずは描かずに見ます。
そして、ノートに次の順番で書き出します。

  • 何が見えるか
  • どこが気になるか
  • そう感じる根拠は何か
  • まだ見落としていそうな部分はどこか

この方法は、VTSの考え方を一人で行う簡易版です。
重要なのは、評価より先に観察を書くことです。

2. 「見える事実」と「解釈」を分けて書く

たとえば、

  • 事実:赤い花が3輪ある
  • 事実:右上から光が当たっているように見える
  • 解釈:明るく祝福的な雰囲気を感じる

このように分けると、観察の精度が上がります。
事実と解釈が混ざると、思い込みに気づきにくくなるためです。

3. 自作を第三者の作品として見る

制作途中の作品を少し離れて見て、
「この絵では何が起きているように見えるか」
「そう見える根拠はどこか」
「ほかに何が見つかるか」
と問いかけてみます。

自作に対してVTSの問いを使うと、
自分では気づかなかった視線誘導の弱さや、主題の曖昧さ、色の偏りを見つけやすくなります。

4. 複数人で対話する

VTSの強みは、他者の視点が入ることです。
同じ絵を見ても、人によって目に入る場所や意味づけは異なります。
他者の発言は、自分の見落としを補い、画面理解を広げます。

作品講評をするときも、いきなり「良い・悪い」を言うのではなく、

  • 何が見えるか
  • どこからそう思うか
  • ほかに何が見つかるか

の順に話すと、感情的な評価よりも、建設的な観察に基づいた対話になりやすいです。

ハーバード・プロジェクト・ゼロの思考ルーティンとの共通点

ハーバード・プロジェクト・ゼロでは、思考ルーティンと呼ばれる思考支援のための問いの型を公開しています。その中の代表例に See, Think, Wonder があり、「何が見えるか」「それについてどう考えるか」「何を不思議に思うか」を通して、注意深い観察と解釈、探究を促すと説明されています。

これはVTSととても近い考え方です。
どちらも、すぐに正解へ飛ばず、まず見て、考え、根拠を持ち、問いを深める流れを大切にしています。

作家にとっては、この姿勢がそのまま制作の質を支えます。
なぜなら、よい作品は、単に手先の技術だけで生まれるのではなく、
どれだけ深く見たか、どれだけ丁寧に感じ取ったかによっても大きく変わるからです。

観察力が育つと、作品の魅力も伝わりやすくなる

観察トレーニングは、描写力向上だけに役立つわけではありません。
作品の魅力を言葉にする力にもつながります。

たとえば販売ページで、

「明るい絵です」
だけでは伝わりにくいですが、

「太陽の周囲に広がる黄と白のにじみを強めることで、朝の光が空間全体へ広がる感覚を表現しました」

と書ければ、作品の見どころが具体的に伝わります。
これは、見た情報を言葉へ変換する力があるからこそ可能になります。

つまり、観察力が上がると、
描く力・見る力・伝える力がつながって育っていくのです。

まとめ

観察トレーニングやVisual Thinking Strategies(VTS)は、単なる鑑賞法ではありません。
それは、目の前のものを丁寧に見て、根拠を持って考え、言葉にし、他者の視点と出会うための方法です。VTSは公式に、視覚的学習、批判的思考、対話的理解を育てる実践として紹介されており、学校・美術館・医療教育など幅広い場面で用いられています。

絵画制作においても、その価値は大きいです。
よく見ることが、正確に捉えることにつながり、
正確に捉えることが、深く表現することにつながり、
深く表現できることが、見る人の心に届く作品につながります。

もし、もっと絵を深く描きたい、もっと自分の作品を伝わるものにしたいと感じているなら、技法だけでなく、「見る訓練」そのものを始めてみるのがおすすめです。

観察の質が変わると、作品の質も変わります。
そして、見えるものが増えるほど、表現できる世界もまた広がっていきます。

ABOUT US
満園 和久
3歳の頃、今で言う絵画教室に通った。その絵の先生はお寺の住職さんであった。隣町のお寺で友達の3歳児とクレヨン画を学んだ。 それ以降も絵を描き続け、本格的に絵画を始めたのは30歳の頃。独学で油彩画を始め、その後すぐに絵画教室に通うことになる。10年ほどの間、絵画教室で学び、団体展などに出展する。 その後、KFSアートスクールで学び油彩画からアクリル画に転向しグループ展や公募展等に出品し続け現在に至る。 ここ20年程は、「太陽」「富士山」「天使」をテーマにして絵画を制作。 画歴は油彩を始めてから数えると35年になる。(2024年現在) 愛知県生まれ 愛知県在住 満園 和久 (Mitsuzono Kazuhisa)